第1章

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 京極奏は両親の顔を知らない。  父は生まれる前に、母は生後一年もせぬうちに亡くなった。  父は優秀な魔道師だったらしい。  当時、ヴァンパイアとの対戦は何故か鳴りを潜めていたが、その間隙を縫うようにして攻撃をしてきた人狼(ワー・ウルフ)との戦闘が苛烈を極めており、父は上級魔導師として戦場に立っていた。そしてその争いの中、生れてくる子供の顔も見ることもなく、戦場でその命を散らしたのだ。  母は深く父を愛しており、まるで彼の後を追うように、京極が一歳の誕生日を迎える前に息を引き取った。  残された、まだ幼い乳飲み子。  そんな彼を育てたのは、一回り上の姉・雅樂(うた)であった。  両親の顔も、温もりさえも知らぬ弟を不憫に思ったのだろう。彼女は幼い弟を、ひどく可愛がって育てた。  京極も慈しんでくれる姉に懐き、心から愛していたのだ。  そんな二人きりの生活が続いた。まだ様々な人外との争いは頻発していたが、倭国にいる限りは安全だ。  倭国は国自体が高い塀に囲まれ、魔導師たちによって強力な結界が張り巡らされている。それはもちろん昼夜を問わず、上級魔導師たちが交替をしてその任に当たっていた。  これにより倭国には、他の種族たちは攻め込んでくることができない。  この時すでに倭国以外の国は、先の大戦においてヴァンパイアの軍門に下っていた。よって現在、倭国がこの世でたった一つの人間が治める国だ。  倭国は人外を消滅することのできる唯一の存在、魔導師が集まって成り立っていた。よって他の種族たちが倭国を潰そうと躍起になっていたとしてもおかしくはない。  その為、常に優秀な魔導師の確保に迫られていた。魔導師が持つ魔導力は遺伝ではないために誰が魔導師になり得るか、分からない。故に国民は皆、三歳の時点で適性検査を受ける義務があった。そこで魔導力を認められた者は、それを伸ばすための教育が施される。更に潜在能力の大きい者は王候補となり、別の教育が待っているのだ。  京極家の姉弟では姉は魔導力なしの判定が出たが、弟の奏にはそれが宿っていた。しかもその潜在能力は、昨今では類を見ないものだったらしい。  だが王候補となるには、魔導力の大きさだけが基準ではない。京極はその他の基準が満ちていなかったために、王候補からは外された。
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