第1章

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 大宮から報告を受けた倭は、早速その山に向かい狩人を装って聖司郎に近付いた。普通ならどう見ても狩人などには見えないだろうが、聖司郎は世間知らずで、いい意味で素直な子供だったから疑いもしない。  倭は昔から子供から無条件に好かれていたから、この時もそれは遺憾なく発揮されて聖司郎はすぐに懐いた。  何よりも、この二人は血の繋がった親子だ。不思議と惹かれるものを感じていたのかもしれない。  これならいけると確信した。これだけ倭に懐いているのだから、真実を告げれば必ず帰ってくる。  そう信じていたのだ。  なのに、それは見事に覆された。  実の親であると名乗っても、聖司郎はヴィクトールと共にいることを選んだのである。そしてヴィクトールも傷付き、命果てそうになろうとも全力で聖司郎を取り返そうと足掻いた。  何故だ。何故彼らは互いを求め合う?相手のためになら、例え己が傷付くことさえ厭わない。  それは傍から見ていると、本当に愛し合っている者同士の姿だった。  この時はようやく聖司郎の奪還に成功したが、彼はすべてを拒絶した。  血の繋がった両親でさえ否定して、食べることも寝ることも忘れ、ただあの白銀のヴァンパイアだけを求める。その姿に京極はひどく困惑し、狼狽えた。  これでは姉を否定されてしまう。ヴァンパイアと人間の間に結ばれる絆など、認めるわけにはいかない。  ヴィクトールを待ち続ける聖司郎と、聖司郎を取り戻そうと何度傷付いても、単独で乗り込んでくるヴィクトール。その姿は、驚異に他ならない。  そしてこのままでは聖司郎はヴァンパイアを恋しがるあまり、衰弱死するかもしれない。  医師の見立てに、愕然とした。  それは困る。聖司郎がいなければ、ヴァンパイアを一掃することが出来ない。だが、だからといって、できることなど何一つなかった。  聖司郎は完全に、京極を敵視している。当然だ。それだけのことをした自覚はある。  あまつさえ彼の大切なヴァンパイアを傷付け、無理やり離れ離れにした張本人は京極だと思っているに違いない。  すべてを拒絶して己の殻に閉じ籠もってしまった聖司郎に、手を拱いていた京極の目の前で、どうにか手懐け、まともな生活を送るようにしたのは大宮と寺町だった。
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