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大宮に甲斐甲斐しく世話をしてもらい、寺町に剣を習う聖司郎に、少しはヴァンパイアを忘れて人間らしくなったのかと思ったが、それでも彼の心はヴィクトールだけのものだった。
始祖は条件さえ揃えば、相手を惹き付けて自分の思い通りに操る魔力を持つらしいが、聖司郎がその魔力に支配されている気配はない。
ならば彼は人間でありながら、自分の意思でヴィクトールに好意を寄せていることになる。
ひたすらなまでに、ヴィクトールのことを想い続けるその健気な姿がひどく癪に障り、腹立たしい。だがその更に奥にある感情に薄々勘付いていながら、それを自ら暴くのが怖くて、見ない振りをした。
自分の感情なのにうまく制御できないことに焦燥が増し、大人げないと分かっていても、それはまだ幼い聖司郎に向けられた。他の者たちはまるで壊れ物のように扱っていたが、とてもではないがそんなことをする気は起こらない。
京極にとって聖司郎は人間でありながら、ヴァンパイアに想いを寄せる不届き者であり、その憎むべきヴァンパイアを消滅させる駒にしか過ぎなかった。
そんな内心を誰にも告げることなど出来ず、一人悶々と過ごしていたある日のことだ。
「倭国の後継者がヴァンパイアに現を抜かすなど、前代未聞です」」
最初に口火を切ったのは九条だ。彼がそう口にしたとき、妙に安堵した。
人間とヴァンパイアは敵対するもの。そう思っているのは自分一人ではないのだと、肯定されたような気がしたのだ。
「セイの場合、事情が事情だし……」
慌てて倭がフォローをするが、九条にそんなことが通じるわけがない。
「いつまで経ってもあのヴァンパイアのことが忘れられぬというのなら、彼は不要だ」
「ですがね。あの力がなくちゃ、始祖は倒せませんぜ」
聖司郎を排除する勢いの九条に、口を挟む。別に聖司郎を擁護するつもりはなかったが、ヴァンパイア殲滅は京極にとっては最優先事項だ。
だがそんな異議に九条は別段慌てることなく、ある提案をした。
「ならば今の人格の上に、擬似人格を被せてしまえばいい」
「擬似人格?」
「そう。今の人格はいらない。しかしあの能力は欲しい。ならば違う人格を上から植え付けて今の人格を封じ、あの能力だけを我々が自由に使えばいいんだよ」
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