第1章

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 ヴィクトールの相手は、当然のことのように聖司郎が買って出た。  その戦闘中のことだ。聖司郎が一雫の涙と共に微かな声で彼の名を呼んだのは……。  暴走した聖司郎をどうにか寺町が抑え込み、事なきを得たが、突然の事態に彼らが狼狽えたのも無理はない。  京極は切れるほどに、唇を噛み締めた。絶対に解けない九条の術。それさえも覆してしまうほどに彼らの絆は固く、そして強く結ばれているというのか。  城に戻り、再び九条が術を施し直した。  その時、念の為に体の方も調べたのだが、やはりかなり衰弱しているらしい。  魔導師は得てして短命だ。魔導力とは己の生命エネルギーがその源であるために、高位になればなるほど寿命は縮んでいく。  特殊な能力を持つ聖司郎であれば、尚のことである。そのため始祖攻略を急いでいた。だからこの時も、次のレンツの城への攻撃をどうするかで、ひどく揉めたのだ。 「ここで止めて、どうするってんだ!!」 「だからって殿下のあの体でこれ以上能力を使わせれば、確実に命はない!」 「まだ始祖は、紅蓮しか倒してねぇ!ここで止めたら、今までと変わりねぇじゃねぇか!!」  いや。それどころか理由は分からぬが戦闘を止めていたヴァンパイアに対して、こちらから攻撃をし掛け、あまつさえ始祖の一人を消滅せしめたのだ。  残った始祖たちがここぞとばかりに、攻め入ってきてもおかしくはない。  既に賽は投げられている。しかも投げたのは自分たちだ。今更なかったことになど、出来はしなかった。  結局動き出した事態は止める術もなく、レンツへの攻撃が決まったのである。  だがそのことにより痺れを切らせた寺町と大宮が単独で動き、ヴィクトールと連絡を取ったことなど知る由もない。  その後、九条によって再び術を施し直した聖司郎を先頭に、レンツの城への進撃を開始した京極はその異変に逸早く気付き、顔を顰めた。  城から、全く気配を感じない。クリストフ、アーベルと続いた攻撃に恐れをなし、どこかに逃げたのか。  いや。彼らはひどく矜持の高い種族だ。そんなことをするぐらいなら策を練り、虎視眈々と反撃の隙を狙うだろう。  それに今朝、斥候にやらせていた大宮は、異常なしと報告をしていた。  これはきっと罠に違いない。よもやその大宮が、いくら聖司郎びいきだったとしても、敵であるヴァンパイアと通じていようとは、流石の京極も思ってもいなかった。
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