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ただ裁判でこれだけは主張した。クリストフと愛し合っていたのだと……。
クリストフを傷付けたくせに、何と自分勝手なことだろう。だが二人の間に確かに存在したものを、否定したくはなかったのだ。
そして翌日に処刑が決行されるという、その日。彼は再び、雅樂の前に現れた。
「栗須さん……」
その日はとても空気が澄んでいて、月が綺麗だった。細く紡がれる月明かりに照らし出されるようにひっそりと、クリストフはいつの間にか、すぐ目の前に立っていたのである。
「これが最後だ。どうする?俺と一緒に来るか?」
彼を初めて見た瞬間、息を呑んだその美貌。これほどに綺麗な人が存在するのかと、まるで奇跡を見たような気がした。
それにそぐわぬ白い布が、綺麗な顔を半分隠している。
雅樂が、かつて付けた傷だ。
本来なら治癒能力に優れたヴァンパイアが、未だに傷が癒えていないわけがない。しかし魔導師でもない一般人は、そんなことすら知らされてしなかった。
自分が傷付けてしまったその左目を覆う白い布に、恐る恐る手を伸ばす。そして優しい手付きで撫でた。
「ごめんなさい。私は罪を償わないといけない」
あれだけの人間を無慈悲に殺害したのは、目の前に立つ男だ。だがその彼をここに手引きをしたのは、自覚はしていなかったとはいえ自分だった。
その事実から目を背け、己だけが幸せになれるほど、雅樂は薄情な人間ではない。
「なにか望みはあるか」
クリストフも、それは分かっていたのだろう。それ以上は何も言わない。ただそんなことを尋ねてくる。
あまりにもらしくて、雅樂ははんなりとその顔に笑みを浮かべた。
「弟にこの想いを伝えて。本当にあなたと愛し合っていたのだと……」
きっと誤解したままであろう弟のことだけが、心残りだった。
そう告げるとクリストフは、分かった、とだけ言って雅樂をその腕に抱く。
そして最後の口付けを交わした。それはとても甘やかに雅樂を蕩かし、月明かりはそんな二人を優しくいつまでも包み込んだ。
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