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「う、うそですよね……?」
『本当よ。私が臆病だったの。自分のしたことが怖くなって、栗須さんを裏切ってしまった』
人間を裏切り、クリストフをも裏切り、結局自分には何も残らなかったのだと、告げたその声は悲哀に満ちたものだった。
『だからもう、あの子達を羨まなくていいのよ』
「俺は別に羨ましくなんざ……!」
思わず反論したが、それは嘘だ。本当はずっと羨ましかった。種族を超えてさえ尚、愛し合う二人が……。
『私の代わりに見守ってあげて。あの二人を……。私と栗須さんが為し得なかったことを、あの二人がきちんと最後まで為し得るように……』
「姉、上……」
嗚呼、やはり雅樂は誰からも愛される、自慢の姉だった。あの血まみれクリスとまで怖れられたクリストフさえをも、虜にしたのだから……。
幸せだったのか。クリストフを愛して……。そしてクリストフに愛されて、彼女は確かに幸せだったのだ。
「分かりました」
頬に暖かな雫が伝い落ちる。
それを見た雅樂が本当に嬉しそうに、目を細めたような気がした。
その隣に誰かの気配を感じる。この気配は確かに……。
だがそれを確認する間もなく光は徐々に輝きを失くし、最後には京極に優しく抱き込んで、溶けていくようにして消えていった。
優しい最後の抱擁。もうこれで二度と、姉を感じることは出来ないのだろう。
力なくがくりとその場に膝を折り、じっと目の前の石畳を睨み付けた。
そのまま大宮と烏丸と共に、ようやく真の再会を果たし、抱き締めあう二人を見ることもなく部屋を出る。
次に会うときには、彼らを真正面から見ることが出来るだろうか。
すぐに彼らと分かり合えるとは思えないが、それでも少しずつ努力はしていこう。
それが姉の遺志ならば……。
溢れ出る涙はいつまでも留まることを知らず、京極の頬を濡らし続けた。
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