第1章

5/46
前へ
/46ページ
次へ
 訴えるように見上げるが、彼女はただいつものようにやさしい微笑みを浮かべるだけだ。 「かまわねぇ。俺はもう帰る」 「ごめんなさいね。この子ったら人見知りが激しくて……」    踵を返す男に雅樂は京極をその場に置いて、慌てたように駆け寄る。  その姿に、ひどく衝撃を受けた。今までこんなことはなかったのだ。雅樂はいつだって京極のことを、一番に考えてくれていた。それなのに……。  京極は男の肩に手を置き、しなだれかかる様に寄り添う姉の姿に目を疑った。 「それより今夜、忘れるな」 「分かってるわ」    もう二人の声など、届かない。ただ茫然と立ち尽くして、京極のことなど最早眼中にないかのように会話を続ける二人を、眺めることしかできなかった。  
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加