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夕飯も食べずに部屋に籠ってしまったため、夜半過ぎには腹の虫が鳴り始めた。
仕方なく、こっそりと部屋から出る。食堂に行くと、雅樂はきちんと用意をしてくれていたようで、一人前の食事がテーブルの上に置かれていた。
椅子に腰を掛け、それらに手を付ける。冷え切ってしまった食事はそれでも、いつも食べ慣れた美味しいもので、思わず体の奥底から熱いものが込み上げてきた。
姉に悪いことをしたという思いはある。雅樂は両親が亡くなってから、ずっと慈しんで育ててくれた。それこそ己のことを顧みることもなく……。
その姉に恋人が出来たというのなら、本来なら真っ先に喜んでやらねばならないのではないのか。
そう自問するが、どう考えてもあの男はだめだ。
どういえば姉は、あの男を諦めるだろう。食べている手を止めて、懸命にそんなことを考えている時だ。突然玄関の施錠が解かれたのは……。
玄関は食堂に直面していて、ぎょっと目を見開いて扉を凝視する。
この家に住んでいるのは、京極と雅樂だけだ。ならば今、外にいるのは雅樂ということになる。ふと時計に目をやると、すでに0時を回っていた。そんな時間に、外出していたというのか。
ごくりと喉を鳴らして扉が開くのを待っていると、やはり姿を現したのは雅樂だった。
雅樂は家に入り、目の前にいる京極を見付けて、ひどく驚愕しているようだ。てっきりあのまま寝てしまったとでも思っていたのだろう。
それにしてもこんな時間に家を空けるなど、今までなかった。一体何をしていたというのか。
すぐに思い付いたのは、先ほどの男だ。京極のいないところで、彼と会っていたのか。そう思うと先ほどの罪悪感など、どこかに飛び去った。
しかし姉を問い詰めようと、椅子から降りたその瞬間のことだ。ざわりと肌が粟立ったのは……。
なんだ?この感じは……。体の奥底から何かがざわめき、這い上がってくるような不快感。思わず自分の体を抱き締めて、その場に蹲った。
「奏ちゃん?」
突然様子の変わった京極に気付いた雅樂が、駆け寄ってくる。雅樂が覗き込みながら何やら話し掛けてきていたが、声さえ耳に届かない。
激しく警鐘が鳴っていた。
危険、きけん、キケン……。
その単語だけが脳裏を支配し、ぐるぐると回っている。
そして唐突に理解したのだ。これは……。
「結界が解けた……?」
茫然と呟く。
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