第1章

8/46
前へ
/46ページ
次へ
 こんなことは、かつてなかった。先のヴァンパイアとの大戦からかなり経つが、その歴史の中でも結界が解かれたことなど一度としてない。結界は上級魔導師たちによって、昼夜問わず張られているはずだ。結界が解かれたということは、その魔導師たちに何かがあったということになる。  いや。そんなことよりも現状下で結界が解かれれば、どうなるのか。火を見るより明らかだ。現在、ヴァンパイアとの争いは何故か収まっているが、もし未だに虎視眈々と,攻めうる隙を狙っていたのだとすれば……?  一瞬で音を立て、血液が落ちていく。すっと体の芯が冷え込んだ。ひどい耳鳴りに大丈夫だと言い聞かせる。  結界が解けたのをヴァンパイアに知られたところで、すぐに打って出るにも時間が掛かるはずだ。ならばそれまでに、体勢を立て直せばいい。  だがそんな自分を否定する、もうひとりの自分がいる。  こんなことが偶然起きるわけがない。ならば恐らく敵側が、何かを仕掛けて結界を解いたのだろう。もし予想が的中しているなら、この瞬間を見逃すわけがない。ここぞとばかりに総力戦に打って出るはずだ。  ぞくりと戦慄が走った。  ここは戦場ではない。魔導師だけではなく、なんの力も持たない一般市民が多くいる。  そこまで思い至り、すっと立ち上がった。自分は魔導師だ。まだ子供で大したことも出来ないかもしれないが、国の有事にじっとなどしておれなかった。   「どこに行くの!?奏ちゃん!」  突然立ち上がると、雅樂が吃驚したような声を上げる。彼女には魔導力はない。恐らく今の状況を把握していないだろう。   「なんでか分からねェが、結界が解けました。このままじゃ、なんかが攻め込んでくるのも時間の問題だ」 「だからって奏ちゃんが行かなくても……!!」 「俺は父ちゃんとおんなじ魔導師なんです」  そうだ。父が命を賭して護ったこの国を、そして目の前にいる最愛の姉を護るのは自分だ。そう告げると雅樂はそれを否定するように、ゆっくりと首を振った。   「いいのよ。奏ちゃんがそんなことをしなくても、いいの」 「姉上……?」  この時になってようやく京極は、姉の異常性に気が付いた。雅樂はうっとりと微笑んで、まるで歌うように言を継ぐ。   「私たちは大丈夫。栗栖さんが護ってくれるわ。だって彼は言ったもの。私がちゃんとやれば、嫁として迎えてくれるって……。奏ちゃんも引き取っていいって」
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加