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こんなことは、かつてなかった。先のヴァンパイアとの大戦からかなり経つが、その歴史の中でも結界が解かれたことなど一度としてない。結界は上級魔導師たちによって、昼夜問わず張られているはずだ。結界が解かれたということは、その魔導師たちに何かがあったということになる。
いや。そんなことよりも現状下で結界が解かれれば、どうなるのか。火を見るより明らかだ。現在、ヴァンパイアとの争いは何故か収まっているが、もし未だに虎視眈々と,攻めうる隙を狙っていたのだとすれば……?
一瞬で音を立て、血液が落ちていく。すっと体の芯が冷え込んだ。ひどい耳鳴りに大丈夫だと言い聞かせる。
結界が解けたのをヴァンパイアに知られたところで、すぐに打って出るにも時間が掛かるはずだ。ならばそれまでに、体勢を立て直せばいい。
だがそんな自分を否定する、もうひとりの自分がいる。
こんなことが偶然起きるわけがない。ならば恐らく敵側が、何かを仕掛けて結界を解いたのだろう。もし予想が的中しているなら、この瞬間を見逃すわけがない。ここぞとばかりに総力戦に打って出るはずだ。
ぞくりと戦慄が走った。
ここは戦場ではない。魔導師だけではなく、なんの力も持たない一般市民が多くいる。
そこまで思い至り、すっと立ち上がった。自分は魔導師だ。まだ子供で大したことも出来ないかもしれないが、国の有事にじっとなどしておれなかった。
「どこに行くの!?奏ちゃん!」
突然立ち上がると、雅樂が吃驚したような声を上げる。彼女には魔導力はない。恐らく今の状況を把握していないだろう。
「なんでか分からねェが、結界が解けました。このままじゃ、なんかが攻め込んでくるのも時間の問題だ」
「だからって奏ちゃんが行かなくても……!!」
「俺は父ちゃんとおんなじ魔導師なんです」
そうだ。父が命を賭して護ったこの国を、そして目の前にいる最愛の姉を護るのは自分だ。そう告げると雅樂はそれを否定するように、ゆっくりと首を振った。
「いいのよ。奏ちゃんがそんなことをしなくても、いいの」
「姉上……?」
この時になってようやく京極は、姉の異常性に気が付いた。雅樂はうっとりと微笑んで、まるで歌うように言を継ぐ。
「私たちは大丈夫。栗栖さんが護ってくれるわ。だって彼は言ったもの。私がちゃんとやれば、嫁として迎えてくれるって……。奏ちゃんも引き取っていいって」
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