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「こんなに寒くても汗って出るんだね」
年季の入ったタオルが顎から額に移動していくのを見ながら、率直な感想を呟く。
「え? あぁ、俺、新陳代謝いいから」
首筋を拭きながら駆は話より汗を拭くことに集中しているようで、ふと幼い頃の記憶が蘇る。
そう言えば、彼は昔から2つ以上のことを同時に出来ない性質だった。話をしていればジュースを零すし、ハンバーグを食べていれば話の8割を聞いていない。離れている期間が多くなると、そんなことまで忘れてしまうことが何だか寂しい。
ようやく汗を拭くことに満足したのか、駆は背もたれに体を預けて、目の前の街を見降ろした。
「やっぱいいな、ここは。カリフォルニアにも同じような場所あるけど、ここには敵わない」
プロサーファーである駆は1年のほとんどをカリフォルニアで過ごす。その街並みや海を小夏は何度も送られてきた写真で見たが、どれも日本とは比べ物にならないくらい美しかった。
そんな景色の中で日常を紡いでいる駆のその言葉が何だか嬉しい。
ここからの景色が本当にカリフォルニアに勝っているかは疑問だが、そう思うくらいに駆がここを大切に思っていると言うことでもあるだろう。
「私もここからの景色は最高だと思うよ。それこそ一番かも」
「一番か」
そう呟いた駆はまっすぐ目の前の街を眺めていた。微笑んではいたが、その目の中に小さく切なげな色が揺らめいていた。
きっと今、彼の思い出している人と小夏のそれは同じだ。
「そのマフラー、まだ使ってるんだな」
ふとそう言われ、小夏は返答に困った。結局「そうそう、まだ使えるし」と勿体ない精神を強調するかのように明るく笑ってみせた。
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