デオキシス

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俺、高樹歩夢、水澄工業高校三年、17歳。 母方の祖父母と暮らし始めて二年になる。 母は、高樹の一人娘で、高校教諭の両親に大事に厳しく育てられ、幼稚園から一環教育のミッションスクールに、何不自由なく通うお嬢様だった。 高校二年生の夏までは。 何が、誰が、その平和で平穏な日常を変えたのかはわからない。 母は家を出て、俺を生んだ。産まれて数カ月の俺を玄関先に放置し、連れ戻し、また置き去りにし、連れ戻す。幼稚園に上がるくらいまでそんな具合だったらしい。 この近くの幼稚園には半年通い、一年後くらいにまた半年。 小学校も転々とした。 保護施設から通った事もあった。 こちらへ戻って来ても、決して家には帰らず、近くのアパート暮らしだった。 母がどんな時に生まれ故郷に帰りたくなるのか尋ねたことはなかった。 多分、余計なことは聞かない。 母の邪魔にはならない。 感情を押し殺す癖がいつの間にか身に付いていたのだと思う。 早く大人になりたかった。 子供らしくないと言われないように。 水澄に行くことは自分で決めた。 祖父母に可愛がられた記憶もないが、多分、其処が一番落ち着いた環境に思えたし、母の都合に振り回されるのはお終いにしたかった。 中学校の卒業式の日以来、母には会っていない。 特に恋しいと思ったこともない。 父親が誰かも知らず、それでも産み落とされ、育つものなのだ。 野良猫みたいに。
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