デオキシス

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夏休みに入ってからは、大体塾に行っていた。講座が終わってからも、開放されている自習室で1時間余過ごし夕方に帰宅。 祖父母は既に教職を退き、祖父は教育委員会か何かに、祖母は書道教室の講師にと週3、4日の勤めを続けていた。 出掛けに、珍しくピアノの音色が聞こえていた。祖母が弾くのを初めて見た気がする。 「行って来ます。珍しいね…ピアノ」 「行くの?今日、調律に来て貰うから、一寸ね」 「そう…じゃ、行って来ます」 「行ってらっしゃい」 弾く主の居ないピアノ。 母は夜のクラブでピアノ弾きをしていた。 胸の大きく開いたドレスでピアノを弾いているのを一度だけ見たことがある。 二度と来ては駄目だと酷く叱られた。 勝手に家を出ても、17年間に培ったものが生活の糧になっていたわけで、多分、俺が道を外れずに居たのも、そういうことなのだろう。 塾の帰りに電話屋へ寄った。 通りの向こうに見慣れた顔があった。
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