彼の記憶

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 僕が話しかけると、彼は初め、自分に何が起こっているのかわかっていないようだった。  彼はかなり童顔だったから、僕も年上だと思わずに話しかけてしまったわけだけども、実際には彼の方が三つも年上だった。つまり四年生だ。  そこに至るまで、サークル内で彼の存在は延々と無視され続けてきたわけだから…新入部員ですらも、彼の「いたたまれない雰囲気」を察して、見なかったことにしているのだろう。  一方で僕は彼の佇まいに疑問を抱くことも無く話しかけてしまったわけだが、彼と周囲の反応を見て、自分が何をしでかしたのかを理解することは出来た。  彼には、話しかけてはいけなかったのだ。  でも今さら、「やっぱり、今話しかけたのは無かったことにしてくれませんか」なんて言うわけにもいかない。僕は彼がゆっくりと言葉を選ぶまで、隣に立って待つことになった。  そしてたっぷり時間をかけてようやく状況を飲み込めた彼は、僕にこう言った。 「うちのサークルに、ようこそ」
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