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その様を見て、ヴィンセントの手は剣の柄を強く握る。
「……っ!」
「取り乱すなヴィンセント」
「……わかってる!」
エルステッドはそう、さとしたけれど……。
「憎いか? 我が憎いかっ! ならばかかってくるが良い! 人間など、ただの虫けらなど! 捻り潰してくれようぞ!」
「……貴様」
「ヴィンセント!」
「――くそっ!」
剣の柄を握るヴィンセントの腕が、激しく震え始める。烈火のごとき怒りがその身を焦がす。
「フィラ・フィアもとんだ無駄死にだったな! しかし素晴らしい見せ物だった! だからお前たちは見逃してやろう! もう、人間なんかに用はないのだからな!」
そう言って、「帰るぞラウラ」と背を向けた戦神。その背を見て、ついにヴィンセントの怒りが爆発した。このまま帰らせるわけにはいかないと、強く思った。
だから。
「貴――様ァァァっ!」
「やめろヴィンセント!」
ザシュッ。真後ろから放たれた斬撃、飛んだ血飛沫。
「――なっ……」
ドシャリと崩れ落ちたその身体はもう、生きてはいなかった。
「…………」
残されたのは、フィラ・フィアの遺体とエルステッドのみだった。
「――神には敵わないよ」
諦めたようにそう言い置いて、フィラ・フィアの遺体を抱き、エルステッドはその地を去った。
帰ろう――カルジアの地へ。アノス王の待つ城へ。
あまりにも、あまりにも無残な結末を伝えるために。
その悄然とした背中は、敗残兵そのものだった。
▲
「呆気ないな。所詮人間、その程度の力か」
唯一にして絶対の勝者たるゼウデラは、ラウラの背を撫でながらもつぶやいた。
「しかし、それでも我を封じようとする健気さよ……。だからこそ、人間というものは面白い。なあ、ヴァイルハイネン?」
今は地上にて人間に「奇跡」を起こしてやっているであろう闇神を想い、戦神は嘆息する。
「ゆえに放埒は……やめられぬっ!」
それを止めようとして現れる人間どもと、戦うのが楽しくてならないから。
戦神の戦への飽くなき飢えは、際限を知らない。
――それは、遠い昔のものがたり――。
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