1人が本棚に入れています
本棚に追加
一章 動き出す時間
「……と、いう伝説があったわけだが……。聞いてるのかお前」
「しーらない」
「…………」
穏やかな昼下がり、島国シエランディアの没落貴族、イグニシィンの居城にて。
イグニシィンの次男坊フィレルに幼馴染ロアが、伝説についての勉強を教えていた。
しかしフィレルはロアの講義なんてまるっきり聞こうともせずに、
「別に伝説なんてどーでもいいじゃん。それがなんの役に立つわけでもなし。それより今日は暖かくていい日だし! 外に出ようよ!」
などと言っている。
ロアは溜め息をついた。
「お前は貴族だろう? 曲がりなりにも貴族なんだから常識レベルの伝説くらい理解しろ! 恥をかきたいのならばオレはそれで構わないがな……。しかし、そのせいでファレル様の顔を汚すのだけは断固として許すものか」
「僕は会議に出ないからそれで兄上が困ることはないでしょ。次男は気楽でいいね、いいねえ」
「…………」
ちなみにファレルというのはこの家イグニシィンの長男坊で、フィレルの実の兄である。ロアは戦災孤児らしく、幼いころにこのファレルに拾ってもらい以来、フィレルのお守りとして任じられている。
しかしフィレルはとんだ腕白小僧で、みんなが手を焼いているのだ。
「ってことでね。ロア、バーイ!」
「勝手に外へ出るな! ったく、あの馬鹿が……!」
ちょっとした隙を突いて出ていくフィレルを、ロアはあわてて追いかけた。
少しばかり肌寒い、秋の日のことだった。
▼
最初のコメントを投稿しよう!