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今日の晩ごはんはなんだろうなあ、と、楽しみにしながら帰るなんて子どもの頃には考えられないことだった。
両親はバリバリの共働きだったし、低学年からずっと塾通いだったので、家族で食卓を囲んだ記憶はほとんどない。
夕食はコンビニ弁当か、母が作り置きしてくれた簡単なおかずとおにぎりを、塾で食べるのが普通だった。
自分の周りの子どもたちは皆同じような感じだったので、特段それが変だと思ったことはなかった。
でも、塾へ行く道すがらどこからか漂ってくる夕食の香りに、たまらなく切ない気持ちになってしまうこともあったのだ。
大きくなったら、みんなで食卓を囲むような家庭をつくろう。
それが僕の、ささやかで切実な、子どもの頃からの夢だった。
大人になった僕は小さな会社に就職し、小さなアパートを借りて暮らしていた。取り立てて便利ではないが、僕はそのオンボロアパートでの日々をとっても気に入っていた。
なぜなら・・・・・・そう。ああ、夕食の香りが漂ってくる。
アパートの階段下までやってくると、我知らず足が早まる。
もう絶対にメニューを間違えることはない、決定的な香りに子どものようにわくわくしてしまう。
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