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息を切らせて走っていた。頬を撫でる生ぬるい風も額に浮かぶ汗も気にすることなく家を出てまっすぐ走っていた。そこにいるかなんて確信が無かったけどまるでなにかに引き寄せられるように、運命とか虫の知らせとかそういうのはあまり信じないタイプだけど今回ばかりはそんな曖昧な物なのかもしれない。
夕方だと不気味な学園の校門を通り中庭へと抜ける。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
時期になれば満開に咲くその樹も今は全てを散らし静かにそれでも存在感を持ってそこに根を張っていた。そんな樹の下でもたれ掛かるように待つ少女の影は小さく目を凝らさなければ樹の一部だと錯覚してしまうほどだった。
「やっぱりここにいた」
曖昧な予感が確信に変わり緩んだ頬を引き締める。
「そこにいるのは姫ですか?」
「ふぇ!?」
驚きの声をあげた少女は急いでスカートを払い近付いてくる人影を見つめた。
「どうも」
「ユウト先輩?……どうしたんですかぁ~?ここには私しかいませんよぉ~」
きっと張り付けたような笑みを浮かべているのだろう。影で見えない表情を声の調子から予想する。
「そう思ったから姫がいると思ったからここに……伝説の樹の下に来たんです。ここは姫と初めて待ち合わせした場所ですから」
「お、覚えててくれたんですねぇ~」
「もちろん覚えてますよ。姫は第一印象が強い人でしたから」
「それはお互い様ですよぉ~バスケの試合で相手をバッタバッタとなぎ倒し、鬼をも逃げ出すような勢いで優勝を掴み取ったユウト先輩ですからぁ~」
「あ、あれは僕も必死だったんです。姉さんたちに良いところ見せたかったしクラスのみんなには絶対勝てって言われましたから」
「そんな風に思ってもらえる零先輩たちが羨ましいですぅ~……私ももう少し早く出会えていれば……」
「え?」
「ふふっ、つまりここへはその大切な思い出に区切りをつけるために来たんですねぇ~律儀なユウト先輩らしいですよぉ~ますます惚れちゃいそうですぅ~」
またそうやって自分を偽って笑うんですね。優しさか遠慮か僕にはわかりませんけど誰よりも幸せを夢見るくせに幸せと距離を置くんです。叶うことを掴むことを恐れて。
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