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「櫻井、おめでとう」
法廷から事務所へ帰ってきた途端に、同僚の吉井から声を掛けられた。
「ありがとう。早いな。もう知ってるのか?」
「さっきからニュースで流れてるよ。いい男に映ってるぜ」
「あははは……なるほど」
日本のマスメディアは子供だと、こういう時痛感する。事件の真相よりも、警察の怠慢よりも、途方もなく長い時間を無駄に過ごした冤罪による被害者よりも、無罪を勝ち取った弁護士がちょっとテレビ映えする顔の作りなら、そこに飛びつくのだ。
それを利用して売名行為する者も確かにいる。どっちもどっちと言われても仕方ないのだが、祭り上げられテレビでチヤホヤされて、本来の仕事がおざなりなった人間ならいくらでも見てきた。最終的な職業欄には「タレント」とでも書けばいい。俺にはまったく興味の無い話だ。
デスクに戻れば、事務員の安田さんの達筆な字でメモ書きが数枚。そのうち、三枚はテレビの取材依頼。もう一枚は……
ピクッと頬が震える。
俺はメモ用紙を手に、安田さんのデスクへ足を運んだ。ベリーショートにメガネ。中性的な雰囲気を持つ安田さんは電話対応に追われていたが、デスクの目の前で足を止めると、タイミングよく受話器を置いてくれた。
「安田さん、メモありがとう。悪いがこの三件は丁重にお断りしてくれないだろうか?」
「あ、櫻井さん。お疲れ様です。ふふ。かしこまりました」
「かしこまらないでくれよ」
「ふふふ」
「ところでさ、このメモは?」
若干声を潜めて、安田さんに四枚目のメモを見せた。
―― tears of blood ――
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