Episode1:スピカ

3/8
前へ
/8ページ
次へ
急いで家に駆け込むと、真っ先に僕は洗面所の鏡の前に立つ。 「嘘だろ?」 僕は、何度も何度も自分の頭を舐め回すように観察した。 恐る恐るそれに触れる。 どうやら何も嘘ではないらしい。 僕の頭には、正真正銘の『触覚』が生えていた。 触覚といっても、虫のような触覚ではない。 世界的に有名な、緑色で目が三つある某キャラクターの触覚と同じようなもの、といえばわかりやすいだろうか。 僕は、頭がおかしくなってしまったのだろうか。 いや、もともとおかしいのだけれども。 小学6年生の頃、交通事故で両親を亡くしている僕にとって、唯一の家族であるおばあちゃんに相談してみよう。 「おばあちゃん!」 大声で呼ぶと、さっき起きたばかりのおばあちゃんは何事かという顔をしていた。 「こんな朝っぱらからどうしたの。」 僕は恐る恐る自分の頭を指差した。 「ね、ねぇ。おばあちゃんにも、これ。見えてる?」 おばあちゃんはゆっくり僕の頭を見上げた。 「あぁ。触覚だねぇ。」 おばあちゃんは、少しも驚かなかった。 「びっくりしないの?」 「輝彦は本当面白い子だねぇ。」 おばあちゃんは、それだけ言うと再びリビングに戻っていった。  僕のおばあちゃんは少し変わっている。 家に虫が入り込んでも全く驚かないし、家に泥棒が入ってきて出くわしたときは、泥棒にお茶を出したらしい。 そう、おばあちゃんはなんでも受け入れてしまうのだ。 そこがおばあちゃんの良いところでもあり、悪いところでもある。 しかし、僕がこんなにも趣味に打ち込めるのは、おばあちゃんのおかげかもしれない。 勉強ができなくても、マラソン大会がビリでも、おばあちゃんは何も言わない。 親がいなくてかわいそうと陰で言われても、そんなこと気にならないくらい、何不自由ない生活を送らせてもらっている。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加