母を想うこと

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 母と私は仲の悪い親子だ。そう思って日々を過ごしていった。そう思うことで心が楽になった。特に話す必要もない。  父の具合が悪くなる一方だった頃、私は父に神戸に連れて行ってもらったことがある。  邸宅を東京から神戸に移す予定だということで、私に神戸という土地を見せたいのだそうだ。  それは久しぶりにお父さまと過ごす、旅行のようなものだった。新幹線の中でも神戸のホテルの中でも父とずっと一緒だった。私は少しはしゃいでいた。  ずっと父と一緒にいると、母もここにいて欲しい、と思った。母というのは・・消えていった母ではなく、恥ずかしがり屋さんの母だ。  私が父にそう言うと、父は笑って「お母さんが、踏み出すのをためらっているようなら、恭子の方が先に踏み出してみるといい」と言った。  何のことかわからないし、どうしていいかも分からなかった。  私は「お父さんは、お母さまに一緒にいて欲しいの?」と訊ねた。  父はすぐに「もちろんさ」と明るく答えた。  ―もちろん・・父は母を好きなのだと私は理解した。  そして、父は、いなくなった母とも、今のお母さんとも上手く繋がることができなかった、と言った。 「お父さんはきっと生きていくことも、人を愛することも下手なんだろうね」と言った。  その夜、父は神戸のホテルのトイレで吐血していた。  生きていくのも下手で、体も上手く管理できなかった父・・  仕事をもっと減らせばよかったのに、そして、好きな人と同じ時間を過ごせばよかったのに。  私は悲しくて泣きそうになった。けれど、私にはどうすることもできない。  どうしてこんな時にお母さまはいないの?  お母さまは父を放っておいてまで、そんなに仕事の方が大事なの? 一緒にいたくないの?
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