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どうして私がカメラを使わなければならない事態となったのか・・
それは奥さまのご依頼だ。そして、それは私の家政婦としてのお仕事。
奥さまはこれから仕事にも精を出すが、恭子さまとお過ごしになる時間もたくさん作り、大事な思い出を作っていくらしい。
そこで、外出やご旅行をした時の記念に写真に思い出を収めておきたい、ということだ。
奥さまに「私、機械って、昔からてんで苦手なのよ・・だから、静子さん、お願いね」と手を合わせて頼まれた。
でも、それって・・私がずっと同行して、親子水入らずの時間をお邪魔するっていうこと?
そう言うと奥さまは「静子さんも家族よ」とおっしゃられ、恭子さまも微笑んで「三人で映るために、お母さんは三脚も買ったのよ」と言った。
・・嬉しい。
そして、今日が本番、日曜日の午後。
撮影の後には、いつのまにか恒例になっている長田家のテラスでのお茶会がある。お茶会といっても、ただの女三人のおしゃべり会なのだけれど、私の増えた楽しみの一つでもある。日曜日の午後を楽しみにしているのは私だけではないのかもしれない。
奥さまと恭子さまのお互いの呼び名がいつのまにか変わっていることに私は気づかないふり。そして、私は奥さまに「静子さん」と呼ばれている・・これもいつもまにか。
「静子さん、上手に撮ってね」テラスをバックに微笑む恭子さま。
「私、やっぱり写真は撮るのも、撮られるのも苦手だわ」と少々照れ気味の奥さま。
「えっ、奥さま、撮られるのも苦手なのですか?」私が驚き気味に訊ねると、恭子さまが「お母さんは照れ屋さんなのよ」と言った。
ええっ、奥さまが?
どうやら恭子さまは私の知らない奥さまをご存知のようだ。
「奥さま、恭子さま、いいですか? 撮りますよ」
私の呼びかけに恭子さまが奥さまの方に体を寄せた。奥さまも同じように体を寄せると、奥さまの首元で業者から修理されて戻ってきたばかりのネックレスが揺れた。
カシャッ、とシャッターの軽快な音が青空の下に響く。
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