第1章

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      ケーキ屋さんのクリスマスは戦場だ。ある程度周知のことだけど、実際はそれを遥かに越える地獄だ。賽の河原みたいだと、わたしは思う。鬼が崩していきはしないものの、作っても作っても予定数に達しないスポンジやタルトやムースが乱立し、完成しては引き取られ消えていく。 そんな怒涛の何日間を不眠不休で乗り切ったパティシエ兼店長は、今年もひとりきりになれたところで意識を飛ばす。冷えた工房で、大きな男が小さな木製の丸椅子に腰かけ、上半身は作業台に倒れ込んで。自宅までの帰る体力さえも仕事に使っているのか、疲れきっての熟睡中だ。七年前から変わらず維持されている、製菓業によって鍛えられた背中のラインや腕の筋肉が強張ってしまわないか心配だ。 わたしは、そんな店長に静かに近付く。 「潤さん」 起きないのをいいことに、その名前を呼んでみた。いつもは店長としか。 「今年も大変でしたね。お疲れさまでした」 起きているときこの言葉をかけると、この人は決まって難しい顔をするから、今、とてもとても、秘密裏に労う。不器用で、上手く返せないからということを知っているけれど。 七年前、大学生になってすぐ、わたしはこのケーキ屋さんでバイトを始めた。働き始めて二年目、二回目のクリスマス。翌日にどうしても必要な忘れ物を取りに行った夜、七年間変わることのない店長のそんな姿に、初めて遭遇したのだった。
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