第1章

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    当時のことを思い出す。 無言で立ち去るものでもないので、わたしは小さくお疲れさまですと一声掛けた。けれども微動だにせず屍のように眠る店長。寡黙で厳しい人の普段も時折見せる眉間の皺が、こんなときにまでとても深く刻まれていて心配になり、わたしは無意識にそこに手を伸ばしてしまった。 いちアルバイト大学生女子の、冷え性ではなかったけれど、真冬の夜を歩いてきた手なんぞ失礼だし凶器でしかないじゃないか――そんな当然なことに思い至ったのは後の祭りで、わたしの指先はもうすでに店長に触れていた。 どうしよう変なことしちゃった! こんなやつが突然、しかも氷の如き温度の指でお顔に触れるなどなんてこと。びっくりして目を覚まし、不審がられるか怒られるか微妙な空気になるだろう。そう、何秒後かの世界を予測した。 けれども、そうはならなかった。 店長は眠ったまま、まるでわたしの指先を心地いいとでも感じるかのように、穏やかに表情を緩めたのだ。眉間の皺も消えていく。 そうして気持ちよさげに、すやすやと眠り続けた。 わたしは、もうずっと、そのときのことが忘れられない。 だから、次の年のクリスマスの夜、わざと忘れ物をして取りに戻った。 店長はまた眠っていた。ひとりきりにようやくなれた、明日の仕込みと清掃のきちんとなされた工房で、昨年と同じ体勢で疲れきっている様子で眠り。眉間には、また皺が刻まれていて。 わたしはまた、そこに手を伸ばす。今度はカイロでほのかに暖め適温となった指先で触れた。
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