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「キスってのはな、好きなやつとするもんなの」
「僕、エイジくんのこと好きだよ。アジちゃんのことも好きだし、沙那さんも女将さんも。あっ、もちろん本山くんのこともーー」
「じゃなくて! ちゃんと、《特別に好き》って思える相手としかするなって言ってんだよ!」
自分は必死こいて、何を教えているんだろう。《好き》と確信が持てなかったくせに、彼女とキスをし、セックスをしたくせに。衝動にまかせて、昨年の夏、目の前にいる男の唇を奪ったくせにーー。
「特別に好き……?」
「……いないのか? そういうやつ」
そう訊いておいて、理央は昨年の夏、ナギの態度を一変させた《先生》という人物のことを思いだした。胸がチクッとする。
ナギは「いる」と言った。それから、
「おかあさん」
と、さみしそうにつぶやいたのだった。
言いたいことが伝わらなかったようである。だが、さみしそうな顔をされてしまった以上、理央はそれ以上なにも言うことができなかった。
時刻は深夜の十二時を回っている。ポケットにいれてあるスマートフォンが、何度も振動している。きっと、鯵坂だろう。もしかしたらさらなみの女将さんや、沙那かもしれない。ナギが「おかあさん」なんて言うから、自分の母親も選択肢にあがったけれど、そんなことはないのだと思いなおした。
「本山くんは?」
「?」
「どうして僕にキスしたの?」
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