16歳、夏。

2/82
298人が本棚に入れています
本棚に追加
/542ページ
***  何してんだこのアホは……熱心に横向きに歩いているナギを見て、本山理央(もとやまりお)はあきれていた。  カニのように砂浜を蟹行(かいこう)しているのは、本当に自分と同い年であるなら、今年で十六歳になるはずの男である。  本名は知らない。まわりが『ナギ』と呼ぶので、理央もそう呼んでいる。年に一度、夏場だけ顔を合わせる程度の仲なので、知らなくても問題はないのである。 「おまえなにしてんの?」 「ん、スナガニ」 「答えになってないんですけど。カニになる練習?」  ナギはちがうよ~、と言って手に持っているスケッチブックを理央に見せた。白い紙の上には、不自然に広々とした背景をバックに、ちんまりとした触角のある何かが描かれている。無論カニには見えない。 「シュクダイ」 「カニの絵を描く宿題? 小学生かよ」  けなしているつもりだが、アホはなぜか照れくさそうに「えへへ」と笑って頭を掻いた。 「絵を描く宿題っていったら普通アサガオだろ」  あーもうヘタクソ……とナギからスケッチブックを奪いとる。 「幼稚園児よりひどいなコレ」 「わあ。本山くんは上手だね~」  壊滅的にヘタクソなナギの絵の横に、鉛筆でサラッとスナガニ(といっても、種類など特定できない抽象的なカニになってしまったけれど)の絵を描いてやる。 「こんなの見たまんま描けばいいんだよ。あとは題名に『スナガニ』とでもつけておけばわかってくれるんじゃないの」 「でも本山くんの絵はちょっと大きい気がする。スナガニはもっと小さいんだよ。こいつみたいに」  ナギはそう言って、巣穴を目指して逃げていくスナガニを指さした。
/542ページ

最初のコメントを投稿しよう!