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何してんだこのアホは……熱心に横向きに歩いているナギを見て、本山理央はあきれていた。
カニのように砂浜を蟹行しているのは、本当に自分と同い年であるなら、今年で十六歳になるはずの男である。
本名は知らない。まわりが『ナギ』と呼ぶので、理央もそう呼んでいる。年に一度、夏場だけ顔を合わせる程度の仲なので、知らなくても問題はないのである。
「おまえなにしてんの?」
「ん、スナガニ」
「答えになってないんですけど。カニになる練習?」
ナギはちがうよ~、と言って手に持っているスケッチブックを理央に見せた。白い紙の上には、不自然に広々とした背景をバックに、ちんまりとした触角のある何かが描かれている。無論カニには見えない。
「シュクダイ」
「カニの絵を描く宿題? 小学生かよ」
けなしているつもりだが、アホはなぜか照れくさそうに「えへへ」と笑って頭を掻いた。
「絵を描く宿題っていったら普通アサガオだろ」
あーもうヘタクソ……とナギからスケッチブックを奪いとる。
「幼稚園児よりひどいなコレ」
「わあ。本山くんは上手だね~」
壊滅的にヘタクソなナギの絵の横に、鉛筆でサラッとスナガニ(といっても、種類など特定できない抽象的なカニになってしまったけれど)の絵を描いてやる。
「こんなの見たまんま描けばいいんだよ。あとは題名に『スナガニ』とでもつけておけばわかってくれるんじゃないの」
「でも本山くんの絵はちょっと大きい気がする。スナガニはもっと小さいんだよ。こいつみたいに」
ナギはそう言って、巣穴を目指して逃げていくスナガニを指さした。
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