16歳、夏。

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***  共同浴場から部屋に戻ってくると、ナギの姿が見当たらなかった。理央が風呂に入る前、布団の上で葉書を手にしながら眠っていたはずである。  普段通りなら、たたき起こしてでも一緒に風呂へと連れていくが(ナギは一人で風呂に入ると、綺麗好きの女子並みに上がるのが遅い)、そのあまりにも穏やかに眠っている顔を見ていると、起こすという行為に罪悪感すら抱かせた。  主のいない布団の枕元に、スケッチブックがある。その上に、今朝ナギ宛に送られてきた葉書が置かれていた。  ダメだ、と心の中では思っても、理央はそのとき、どうしても好奇心に逆らうことができなかった。  葉書に手を伸ばし、裏面をじっと見つめる。  そこには、シャボン玉を連想させるような淡い水玉模様のはがき絵と、メッセージが書かれていた。 『残暑お見舞い申し上げます。元気にしていますか。話があります。東京に戻ってきたら会いましょう。追伸、鯵坂に飲みすぎないようにと伝えてください。』  簡潔な文章だった。伝えたいことが伝わればそれでいい、というようなシンプルさだった。無駄を排除するような、ちょっと冷たい印象の文章――。  理央が表面をめくろうとしたそのとき、ナギが戻ってきた。  とっさにもとの場所に葉書をもどす。 「あれ。本山くん、もう上がったんだ。早いね~」 「お、おまえがいつも遅すぎるんだよ」  一瞬だけ、葉書の表面が見えた。送り主は小さくて見えなかったが、宛名はハッキリと見えた。
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