僕だけが

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 この時の僕は、小さく震えていた。  次の言葉が見付からず、黙っていると、智也さんの声が、僕の後ろから教えてくれた。 「貴子、無理言って一度、一日退院したんだよ。どうしても君にスーツをあげたいって」  流石に頬を涙が伝った。  でもそれは、屋上に行く前に零れそうになったのとは、明らかに違う涙。 「気に入らなくても、せめて初出勤日にはそれ着ていって欲しいなぁ」  姉は屈託なく笑っている。 「そうだ。智也、雄心がちゃんとそれ着て出勤したって証拠、インスタに上げて、ね」 「もう、我儘言うなぁ、貴子は」  僕の決心を知らない姉は、三日後の僕を写真に収めろと言っている。  姉は、本当に僕の胸の内に気付いてないのだろうか。  まさか、気付いててこんな事を。
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