1人が本棚に入れています
本棚に追加
この時の僕は、小さく震えていた。
次の言葉が見付からず、黙っていると、智也さんの声が、僕の後ろから教えてくれた。
「貴子、無理言って一度、一日退院したんだよ。どうしても君にスーツをあげたいって」
流石に頬を涙が伝った。
でもそれは、屋上に行く前に零れそうになったのとは、明らかに違う涙。
「気に入らなくても、せめて初出勤日にはそれ着ていって欲しいなぁ」
姉は屈託なく笑っている。
「そうだ。智也、雄心がちゃんとそれ着て出勤したって証拠、インスタに上げて、ね」
「もう、我儘言うなぁ、貴子は」
僕の決心を知らない姉は、三日後の僕を写真に収めろと言っている。
姉は、本当に僕の胸の内に気付いてないのだろうか。
まさか、気付いててこんな事を。
最初のコメントを投稿しよう!