映画館

7/7
前へ
/9ページ
次へ
表通りから記憶にある角を曲がり路地に入る。 ……そういえばあの日、どうしてこの角を曲がったんだっけ。 思い出せない。 そして映画館は………なかった。 何軒かの飲食店が並び、映画館があったはずの場所には、パチンコ屋があった。 中へ入ってみたが、昨日今日できたものではない。 店員に尋ねると、もう5年もここで営業していると言う。 道を間違えたのかとも思い、周辺を探してみたが見つからなかった。 近くの店にも聞いてみたが、不思議なことに誰も知らなかった。 じゃああれは何だったのか…。 残業疲れが見せた幻? でも映画の内容は、しっかり覚えているのに。 白昼の街中、人も車も表通りから聞こえてくる雑踏の喧騒も、すべてがふいに遠く感じる。 まるで夢の中にいるような不安定な感覚。 その中で、あの音だけがはっきりと耳に届いた。 キキッ キィキィ 振り返ると、雑居ビルとビルの隙間に、黒に近い灰色の塊がいた。 ネズミだと思った。形は確かにネズミだ。 でも「それ」はとても大きくて太っていて……。中型犬くらいの大きさはある。 じっとこちらを見ていた。 その目に捕らえられ、また金縛りにあったように体が動かない。 だがそれは一瞬だった。 巨大なネズミは、すぐにきびすを返し、またビルの間に消えていった。 呪縛が解かれ、現実世界の音が戻ってきた。 もうこのことには関わらない方がいい。 そう決めた。 忘れられはしないだろうけれど。 それから間もなくして、会社を辞めた。 別の街で再就職し、二度とあの場所に近付いてはいない。 映画館にも行けなくなってしまった。 そして、ネズミ忌避剤のスプレーを常備している。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加