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その気持ちを汲んだかのように、次の手紙は意外な形でやってきた。美術館を出る時、職員から渡されたパンフレットに挟まれていたのだ。
今度は指示の類が一切なく、「これを」という短い手紙と、近くにあるカフェテラスのサービスチケットが同封されていた。穴場的存在とも言えるそのカフェは、美術館に何度も来た隅田でさえ知らないようだった。
サービスチケットを使ってディナーを注文し、由紀子はカフェラテを、隅田はホットコーヒーを追加した。ディナーサービスとはあまりに豪華だと思ったが、料理に細工ができるわけでもあるまい。不審に思う点はあれど、その正体は定かでなく、また強くもない。料理を楽しみながら、次の手紙を待とう、という結論に落ち着いた。
「でも楽しかった。隅田くんは詳しかったし、手紙も――最初は不気味だったけど、指定されて見ると、全然見え方が違うんだなあって。」
「そうですね。ひとつとして同じ見え方はないのかも――なんて思います。こうして話してみることで、また新しい良さや見方を発見できたりしますから」
由紀子はうんうん、と小刻みに頷いた。古本屋を回って画集を集めていただけの彼女の世界は、今日一日でまったく新しいものとなった。またその新しさは、美術館へ出向くことと、画集で鑑賞することの両方を肯定した。
もしも隅田が言うように、ひとつとして同じ見方が存在しないのなら、それを語らうことはどんなに素敵なことだろうかと考えた。
「私、本当はここに来るまでちょっと憂鬱だったんだ。街は賑やかだし、自分は一人だし――でも、新しい見方を知った時、それまでのことは単にひとつの出来事なんだって思えた。新しいものに出会えて本当に良かったって思ってるんだ」
一呼吸置いて、由紀子は言った。
「隅田くん、本当にありがとう」
「いえ、僕は何も――いや、違うかな。えっと――」隅田は目を丸くしたあと、視線を外し、しどろもどろになった。出会ってから一番忙しない姿だ。”ダナエ”の前で自分はこんな姿だったのだろうかと考えると可笑しくて、由紀子はクスクスと笑った。
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