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 これ自体が十二分なほどに驚異的かつ危険極まりない代物だ。誤ってこの裂け目に飲まれれば、良くて別の次元に飛ばされ、悪ければ次元の捻じれに身体を引き千切られて死ぬことになる。これがロステアールの国であるグランデル王国で見つかったものであれば、彼はすぐさま国王にそれを報告し、辺り一帯を封鎖したことだろう。  だが、ロステアールが息を飲んだのは、次元の裂け目ではなかった。  彼を恐れさせ、警戒させたのは、その裂け目から金色の目だけを覗かせている、巨大な何かの存在だった。  それを目にした瞬間、ロステアールは無意識に膝を折っていた。この相手にひとたび害悪と認識されたならば、次の瞬間には己は死ぬだろうと、本能的に彼は悟ったのだ。  圧倒的な恐怖を前になおも冷静さを失わない男は、ゆっくりとした動作で腰に下げていた剣に触れた。裂け目から見える縦長の瞳孔が僅かに細まったが、それから目を逸らさぬまま、彼は鞘ごと剣を握って腰から外し、そっと地面に置いた。敵意はないという、彼なりの最上級の意思表明である。  そんなロステアールの動作に、またもや何かの瞳孔が細められる。 『それを置いたからと言って、何になる。お前は最上の一端にして災厄に等しい刃を、その身の内に潜めたままではないか』  その発言は、確かに声であったが、人の発するそれよりも精霊たちの紡ぐ声に酷く似ていた。空気を震わせて伝達する音ではない。脳に直接響くような声だ。  ロステアールは跪いたまま、慎重に言葉を選ぶ。     
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