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アキは嘘つくと髪を耳にかけるよね。
無意識のうちに定着したあたしの癖を指摘した彼は、あたしの隣にはいなかった。どこかのだれかと出会って、同棲しているそうだ。
彼とは大学時代に三年ほど付き合って、価値観がああだこうだ、すれ違いがどうのこうの、ありきたりな理由で別れるかどうか悩んで、出した答えを口にすると、一瞬で関係は終わった。不仲になったわけではなかったので、つまるところ、友達に戻ったということだ。
社会人になって五年目の冬。
大学を出てすぐ入社した会社は一年もせずに辞めた。その後転職活動を繰り返し、地元の小さい会社に勤めて、事務員として働いている。
その日の朝、目覚まし時計は鳴らなかった。電池が切れてしまって、針が止まっていた。
よく通った居酒屋に、大学時代の友達と集まって忘年会と銘打って飲み会が開かれた。
「そうかあ、結婚かあ。幸せそうだな。これからもっと旦那に幸せにしてもらえよ。」
彼は喉仏のあたりを触りながら、笑顔でそう言った。居酒屋にアルコールと揚げ物の匂いが充満する。知らない人たちの浮かれた大声の中、彼の声だけがはっきりとあたしの耳を刺した。
だからあたしも力の入った声で、幸せだよ、と言って、さらさらと流れる髪を指先ですくって、耳にかけた。露わになった耳たぶには、小さなピアスが光っていた。
彼はさっきよりも、優しく笑ってくれた。
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