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その恋、ツイてます!
リン、と鈴の音が聞こえ、須賀暁人は音がした方向を見やった。
店の裏の路地は明かりがなく、店内から零れる光が照らすのみである。音がした先は暗闇だ。その先はコンクリートの塀が建ち、行き止まりになっている。
「……空耳か」
暁人は、空になったビール瓶が入ったケースを路地の脇に置いた。
八月に入り、夏は盛りを迎えた。暑さと比例するように、居酒屋のビール消費量も増加していった。
空瓶を片付けてしまえば、今日の仕事は終わりである。咽喉の渇きとビールの匂いに煽られ、缶ビールを買って帰ろうと思いながら、最後のケースを積み重ねる。
こめかみから頬にかけて、一筋の汗が伝う。暁人はかぶっていた手ぬぐいをとり、乱暴に汗を拭った。さっぱりと短く切った黒髪は汗で濡れている。切れ長の瞳に通った鼻梁、アイドルのような甘さはないが、男らしい端整な顔を不快そうにしかめる。
さっさと帰ろうと店の中へ戻ろうとしたところへ、再びリン、と音がした。今度は近く、はっきりと。
「何だ……あ」
路地の奥に視線を向けると、黒猫がちょこんと座っていた。首には小さな鈴がついている。
「猫かよ」
暁人は訳もなくほっとした。
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