その恋、ツイてます!

2/121
前へ
/121ページ
次へ
 黒猫は身動き一つせず、じっと暁人を見つめている。エサをもらいに来たのだろうか。 「あー、わりぃ。残りモン、片しちまったから、ねえわ」  人の言葉が通じるとは思っていないが、暁人はすまなそうに言った。すると、黒猫は立ち上がり、ニャアと鳴いた。そして、消えた。 「え?」  走り去ったとか、ジャンプしたとかではない。忽然とその場から消えうせたように暁人には見えた。呆気にとられていると、 「おーい、須賀ァ。終わったかァ?」  店の主人が暁人を呼んだ。暁人は返事をして、慌てて店内に戻った。厨房では、主人が明日の仕込みを行なっていた。 「どうしたんだい? 幽霊でも見たようなツラして」 「あ、何でもないっす。裏に猫がいて、ちょっと驚いただけで」 「猫ォ? ああ、黒猫のりんか」 「知っているんすか?」  主人は手を動かしたまま続けた。 「まあな。昔っからふらっと現れんだ。別に何もしねえよ。怖がるこたねえ」 「はあ……」  別に猫が嫌いなわけでも、苦手なわけでもない。暁人が曖昧に頷くと、 「それより、だ!」  主人はドンッと拳で厨房台を叩いた。五十代後半とは思えない力強さである。 「イチさん、あんたいつまで寝ている気だい。こちとらとうに店仕舞いなんだよっ」     
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!

162人が本棚に入れています
本棚に追加