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「そこのあなた。花を育ててみませんか? 世話は簡単ですし、何より癒されますよ。現在プレゼント・キャンペーン中でして……いえ、何も頂きませんよ。それではプレゼントじゃあないではありませんか。私はただ、この花の素晴らしさを広めたいだけなのですよ」
街頭でその妙な男に声をかけられたのは半年ほど前のある日、気怠い日差しが降り注ぐ昼下がりのことだった。男は道行く人に花の鉢植えを配っているらしく、僕にも育ててみないか勧めてきたのだ。
「鉢は我々が用意した特別なものなので、世話は日に二回、朝と夜に水と付属の肥料を適量蒔いてやるだけです。直に肥料も必要なくなります。成長の早い種なので育っていく様子をよく楽しめると思いますよ。ああ、育て方の詳細はメモがあるのでご心配なく」
柔和な微笑と質素な服装が、なんとなく牧師のような印象を与える男で、男の丁寧な態度に気を良くしたのか、回りには鉢を受け取っている人もちらほらいた。金を求めているわけでもなく、怪しげな書類を渡すようなことも無いようなので、受け取ることにした。以前に花を育てたことはあったので、その要領で綺麗な花が咲いたらいいなと、軽い気持ちで育ててみることにしたのだ。その頃、友人が次々と恋人を作っていたから寂しくなっていたというわけでは決してない。
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