「恋人」

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 育て始めてから数日、もう数センチほどの芽が出てきた。さらに数日たつと草丈は三十センチを越え、蕾が膨らみ、嗅いだことのない、ただし魅了するような香りを放ち始めた。常識外れの成長にはさすがに驚いたが、うまく育っている証拠なので次の変化を楽しみにしつつ、床に就いた。  そしてその翌日、僕は強烈で、ひどく甘美な香りに鼻腔をくすぐられて、目を覚ました。見やると、鉢からエメラルド色の茎と純白の根があふれ出し、優しい金色に咲き誇っている大輪の花が、脳髄を麻痺させんばかりの蠱惑的な香りを、僕に向けて放射していた。  あふれ出したエメラルドは部屋のほぼ半分に至るまでに広がっていたが、僕はそれをどうにかしようなどとは思わなかった。むしろ、もっと美しく咲き誇るところを是が非でも見たいと思った。  僕はその日のうちに大学を止め、バイトの申し込みをした。その花のためにたくさん稼がなくてはならなかったから。     
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