「恋人」

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 それから数週間経った日の朝、僕は自分の体に、あの花が根を張っていることに気がついた。さすがにこれには狼狽し、僕は根を引き抜こうとしたが、いくら引っ張っても抜けないし、はさみ程度では歯が立たなかった。ふと見れば、鉢から溢れ出した大蛇のような純白な根は、ほとんど部屋の床と同化してしまっているではないか。助けを呼ぼうにも、携帯もその純白の波に飲み込まれて見つからない。どうして今まで気がつかなかったのか。結局その日は部屋から出ることもできず、冷蔵庫の中のものを適当に食べて飢えをしのぎ、部屋に充満する香りのせいで、ぼうっとする頭で、底知れない不安を抱えながら床に就いた。  しかし、その不安はその日の夜のうちに解消された。  初めて、彼女と出会ったのだ。  気がつくと、エメラルドの髪、優しい金色の瞳に、純白の肌をした女性が僕を掻き抱いていた。  ひどく甘美な香りの海の中、彼女は語った。  今まで大切に守ってくれてありがとう。これからもずっとずっと守ってくれるよね? わたしはあなたとずっと一緒にいたいから。  そうして、僕は分かった。完全に分かった。僕が何をしなければならないのか。僕が何を一番望んでいるのか。  それからの毎日を、僕は冷蔵庫の食料をただただ食べて過ごした。彼女が育つのに必要だから。外に出る必要はない。必要なたった一つのものはここにあるから。  もう部屋全体を覆い尽くした花は、ますます美しく咲き誇り、その香りで僕を甘美な眠りの中へと誘う。そして夜ごと、僕は彼女を掻き抱くのだ。     
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