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こうして葵の手に届いた手紙は、猛の素直な想いが綴られていた。
別れを告げた時、本当はどう言いたかったのか・・
病気のせいでその言葉を飲み込んで、どれだけ苦しんだのか・・
しばらく自分の人生を呪い、自殺を図ろうとしたことも・・
死にきれず、スイスに向かうことにしたことも・・
スイスの空を見て、葵を思い出し涙したことも・・
少し震えた文字で数枚の便せんに綴られた言葉は、葵の心を締め付け行くには充分だった。
「猛・・」
この後、浩太が帰ってくる。
泣きはらした目を見せるわけにはいかない。
それでも涙が止まらなかった・・
―この手紙を読んだ葵の心に、いつまでも僕が生き続けるよう・・ー
猛が望んだのはその1点のみだったのだと思う。
自分がこの世界を去った後、誰の心にも残らないで忘れられることが哀しかったのかもしれない。
葵に覚えておいてほしくて・・ただそれだけを望んで、最期の力で手紙を書いたのだ。
そのすべてを理解した葵は・・・猛の手紙をキッチンまで持っていき、コンロで燃やしたのだった。
「私は悪い女だから・・猛の思うような女じゃないから・・。
だから、あなたのことは忘れる・・。ううん、あの日に忘れていたはずなの・・。」
手紙が黒く燃えカスとなり、それをゴミ箱に捨てる。
「さようなら・・・。あなたに逢えて本当に良かった。そして、ごめんなさい。」
キッチンの窓から見える夕日を見上げて、葵はただそれだけを呟いた。
遠いスイスの空にその言葉が届いてほしいと願いながら・・
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