日々死ぬ君を救いたいと思うのは傲慢でしょうか

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 自転車が治ったならもはや用はない、と勝手に店を出ようとしたところを、腕をつかまれ店内へと引き戻される。もちろん掴んだ手の持ち主は店員などではない。  「腕力ゴリラ。」  「うるっさいモヤシ!何?一人で帰るつもりなの?ぼっち?」  「俺が一人で帰ったらお前ももれなくぼっちですぅ。」  「そうじゃなくてさぁ。家近いんだし一緒に帰ろうよ。」  「やだね、面倒くさい。」  家が近かろうが幼馴染だろうが、一緒に帰ってるところを誰かに見られたら余計な勘繰りをされるのは目に見えている。高校生というもの事実虚構にかかわらず色恋沙汰に結び付けるのが大好きなのだから。  振りほどこうと思えば振りほどける膂力に抵抗していると安癸がポツリと言った。  「『冬の海って乙だよね!』  「……おい、」  さっき俺がいったセリフは一言一句違わず、にやにやと心得たように彼女が笑う。  「心配性の敦あつしくんはぁ、勿論無論喜んでついてきてくれるよねえ?」  年々、安癸の性格の悪さが増している。今の表情はまさにそこ意地が悪いというにふさわしい顔つきをしている。一瞬、夢のことなんて話さなければよかった、と思ったが、さすがに自転車屋へ理由も言わずにつれていくのは不可能だったのだ、と納得させる。  「……っち、コンビニの肉まんな。」  「うわっ、女の子に集るとか信じらんない。」  「うるっさいわゴリラ。」  「……仕方がない、この美少女安癸ちゃんが哀れなモヤシのために肉まんを恵んでやろう。この美少女が!」  「二回言うなしつこい。……セブンな。」  「……そっちのコンビニ遠回りになるじゃん。サークルのが近くない?」  「付き合ってやる。でもあの道は通るなって言ってんだ。」  「……ふ、ははは、心配性だねえ敦くんは。」  今度は二人で店を出た。  ガードレールの向こう側、潮の飛沫が砕ける岩場に、朱色を広げた安癸を見た。  銀色のタイヤがカラカラと回り、橙の夕日を反射させていた。  運命の女神の回す輪は、軽やかに回る。  どこかで見た一文を、どこで見たかは思い出せなかった。
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