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何度見たって、慣れることはなかった。
後頭部がつぶれ、赤く染まった。
水分を含んでパンパンに浮腫んだ。
血の気ない青白くなった。
乱れた髪が額に張り付いた。
削れ抉れ、半分になった。
その死に顔が、脳裏から消えてくれない。
ああまただ、と思いながらも、慣れることなどはなかった。
こうして機嫌よさげに肉まんを頬張る安癸は、今日の帰り道、海岸の岩場に叩きつけられ死ぬ予定だった。
ひたすら安癸を助け続ける俺は、俺の好きなことができない。いつだって、安癸が死にそうな場面を先回りしている俺の生活は、すべて安癸を中心に回っている。それ以外のことに回す余裕が俺にはない。もし、俺が部活をしたとして、友達と旅行に行くとして、その間に安癸が死んでしまったなら、俺は後悔してもしきれない。
もしそうなったとき、誰もが俺の所為じゃないというだろう。世界中の誰もが予知夢なんてばかばかしい、偶然だ、あるわけがないと笑ったとしても、俺は必ず後悔する。あのときああしていれば、あの時ああしていなければと、くだらないことを堂々巡りに考え続けるだろう。
それならば、自分のしたいことを我慢してでも安癸に生き続けてほしい。
それは安癸の所為じゃない。ただ俺がしたいからそうしているだけなのだからそして何より。
今日のように、死ぬはずだった安癸を俺の行動によって笑顔にできたなら、
「敦くん?」
それにまさる喜びを、俺は知らない。
「今日も阿呆面だなって。」
「うら若き乙女に向かってなんて言い分!?」
もうそれでいい。それだけでいい。俺は他に何も望まない。
俺はただの人だ。
死を纏う安癸を、それから救ってやることはできない。
死神を胡桃の中に閉じ込めることもできない。
冥府を壊して死の概念を取り払うこともできない。
何もできない。ただ見ることしかできない矮小な人間。
特別な力なんて何にも持ってない。
救ってやるなんて、どの口で言うことができるだろうか。
俺にできることは、まさにその死の鎌が振り下ろされる瞬間紙一重で躱させることくらいなのだ。
人から時間を刈り取る鎌は執拗に安癸へと向けられる。俺は毎日、たった一日だけその時間を延ばすことに尽力している。
今日来る死から、安癸を逃がすために。
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