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自分が恵まれていないとは思ってはいなかった。
そこそこ平和だったし、友だちも沢山ではないけど、いた。
金持ちじゃないけれど、そんなに貧乏ではなかった。
でも、このままこの家にいるのは嫌だった。
「母さん、俺。この家を出てくよ」
反対されるかもしれないと思った。けれど、母さんは俺の顔を少し見つめた後、静かに「いいわよ」と言っただけだった。
それからはとんとん拍子だった。元々高校時代からバイト代は貯めていたし、母さんも少しは出す、と援助もしてくれた。
実家から電車を乗り継いで数時間の、都会とは程遠い県外の小さなアパートの一室が、俺の家になった。
自炊は苦手だったから、居酒屋でアルバイトを始めた。賄いが出るし、時給がいいからだ。
漠然とここにいたくないと思って、特にやりたいことも見つからないままに家を出た俺は、週5で働くただのフリーターになっていた。
「三橋さあん! 今日これからですかあ?」
語尾が伸びた女子特有の声で名前を呼ばれる。鞄をロッカーにしまって振りかえると、そこにはやはり坂谷がいた。
「うん、今日ラストまでだから」
「そーなんですかあ、あたしこの休憩終わってちょっとしてから上がりなんですよお。頑張ってくださいね」
そう言って慌ただしく休憩室から出て行った坂谷を見送ってから、俺はもそもそと着替え始める。
そういえば、つい最近入ったような気がしていたのに、気が付いたら3年も経っていた。自分が一番後輩だったのが、先輩になって、年下がどんどん周りに増えていく。
俺は一体いつまで、ここでこうしているんだろう。
「考えたって、無駄なんだけど」
タイムカードががしゃんと音を立てて、機械に吸い込まれた
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