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「三橋ィ! 七卓お会計!」
「あいよ!」
金曜日の居酒屋は何も考えなられないほど忙しさで目が回るから、俺は好きだった。
開店からずっと居座っていた男3人組が漸く帰ってくれて、この数年間で習得した愛想笑いを浮かべて客を見送る。
すぐに卓の片付けをして回っていないドリンクを片付けに行く。
「すいませーん、注文いいッスかあ?」
「あい少々お待ち下さいー!」
通りすがりに声をかけられ、おざなりに返事をする。すぐにハンディを持ってテーブルへ近づく。繰り返し。でも別に嫌じゃない。
注文をカウンターに投げ、少しだけ詰まっていた息を吐く。
からんからん、と扉に付いた鈴が鳴った。
「らっしゃっせ! 何名様……でしょう」
扉に一番近かった俺がいつも通り振りかえり、笑顔を浮かべた瞬間だった。
「……あの、一名なんですけど、大丈夫ですか?」
へら、とあまりにも情けない笑顔を浮かべそう聞いてきた50後半くらいのその男は、十二年前に俺と母さんを捨てて出て行った、俺の父親だった。
「生、お待たっしゃした!」
「ありがとうございます」
なるべく平静を装ってジョッキを父親の前に置く。
力が抜けてしまうような笑顔で礼を言われ、ジョッキに口を付けたのを見届けながら、俺は卓を離れる。
なんで、どうして、今更。というか、なぜここに。実家近辺でもないのに。
「三橋ィ、どうかしたんか?」
「……ちょっと」
俺がこの居酒屋に入ってからずっとお世話になっている棚橋さんが、日付が変わって少しだけ落ち着いてきた店内でそう耳打ちをしてきた。
「……よくわからんけど、休憩入るか?」
「あ、いいんだったら、おねがいしゃす」
棚橋さんはしゃきっとしろ、と笑って俺の背中を叩いた。
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