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「それじゃあ俺そろそろ・・・・・・」
席を立とうとした腕をつかまれる。鋭い目で見つめられて、希はドキッとした。
「それでどうするんだ?」
「・・・・・・どうするとは?」
質問の意味がわからず、希は戸惑った。
「ゲイだという弟を責めるのか。なんで普通に女を好きになれない、お前は異常だと言うのか」
男の言葉の意味を理解したとたん、希はぎょっとしたように目を見開いた。
「そ、そんなことしない! 絶対しない!」
ぶんぶんと頭を振る希を、男は冷めた顔で眺めていた。希の言葉を信じていないのは明らかだ。
まるで希に裏切られたとでもいうかのように、傷ついた目で「のぞちゃんなんて嫌い!」と叫んだ明の言葉を思い出す。そうだ、あのとき確かに希は明を傷つけた。希にそんなつもりは決してなかったけれど、明にしてみたら、責められたも同様だっただろう。
「・・・・・・確かに最初はびっくりして、まったくショックを受けなかったといったら嘘になる。弟を否定するような言葉を言ってしまったけど・・・・・・」
でも違う。希にそんなつもりはこれっぽっちもなかった。いまでもまだ戸惑っている。これまで一度もそんなことは考えたことはなかったから。でもーー。
男はじっと希を見ている。その瞳には、強い疑いがあった。
「・・・・・・うちはさ、弟がまだ小さいころに父親が亡くなって、母親は外で働いていたから、俺が弟にとっては父親みたいなもんだったんだよ」
話しながら、希はなぜこんなことを見ず知らずの男に話しているのだろうと思った。
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