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希が何気なくぽろっと漏らした言葉に、武居さんはキッとなった。
「当たり前ですよ! いったい幾らかかると思ってるんですか!?」
武居さんはぷりぷりと怒りながら、自分のデスクへと戻っていった。
いまさらいらないとは言えない。
「いったいこれをどうしろと・・・・・・」
relaxation salonと書かれた紙を眺め、希はがっくりと肩を落とした。
翌日の午後。希が家を出たのは、武居さんに押しつけられたサロンへいくためではなく、家の中のピリピリした空気に堪えられなくなったからだ。
「に、にーちゃん、ちょっと出てくるな」
声をかければ無言の返答が返ってくるだけで、希はしょんぼりした。
休日の駅前は混んでいた。自分以外はみんな誰かと一緒で楽しそうに見える。少しだけ切ない気持ちになって、希は人気のないほうへと足を向けた。小さな児童公園があったので、温かい缶コーヒーを買って、ベンチに腰を下ろす。缶の口を開け、一口飲んでから、希は息を吐いた。
あの日、明が先輩とやらと一緒にいるのを目にしたとき、希はショックのあまり、決して言ってはいけない言葉を言ってしまった。あれから希なりにいろいろと調べたのだ。オカマやホモというのがある種差別用語にあたるのだということを希は明に言われて初めて知った。そして、セクシャル・マイノリティも決してひとつではないということも。
希だって、明が本当に相手のことを好きならば、反対はしない。そのことで将来明が苦しむこともあるかもしれないが、そのときは希なりにできることはしてやりたい。あの日、男にそう告げた言葉は嘘ではない。
「でもなあ、話を聞いてくれないんだよなあ・・・・・・」
希は、はあとため息を吐いた。
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