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 冬の空に、薄い雲がゆっくりと流れてゆく。コートのポケットに片手を突っ込むと、カサリと指先に触れるものがあった。きのう武居さんからもらったサロンの優待券だ。何気なくポケットに突っ込んだまま、持ってきてしまったらしい。 「マッサージなあ・・・・・・」  普段はおっとりとした武居さんの、まるで人が変わったようすを思い出して、少しだけ気が重くなる。 「いかなかったなんていったら、きっと怒るだろうなあ・・・・・・」  いつまでも公園にいても仕方がない。 「いってみるか」  希はベンチから立ち上がると、空き缶をゴミ箱に捨て、駅へと歩き出した。 「ここか?」  地図のアプリが指し示す場所は、いま確かに希がいる場所だ。赤坂の一等地、駅からそう離れていないマンションの前で、希はもう一度手元の紙に書かれた住所を確かめた。 「まじで・・・・・・?」  それは、どう見ても普通のマンションだ。いったいどんな建物を想像していたかと問われれば、何も考えていないと答えるしかないが、少なくとももっと店らしい門構えをしているものだと、希は勝手に思っていた。エントランスから建物内に入ると、ガラスのドアに阻まれた。ホールと居住空間は一枚のガラスのドアによって区切られていて、ここで暗証番号を入力するか、居住者に開けてもらうのだ。すでに帰りたい気持ちになりながら案内状に書かれている部屋の番号を呼び出すと、すぐに「はい」という女性の落ち着いた声が聞こえてきた。 「柏木さまですね。武居さまよりご連絡をいただいております。どうぞエレベーターで三階までお越しください」  カチャリという音とともに、自動ドアが開く。ここまできてしまった以上はもう引き返せない。
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