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「・・・・・・すみません、あの、明さんとつき合っています秋庭と言います」
男の言葉に、希は思わずカッとなった。
「お、俺は認めないぞ! 俺の弟がオカマになったなんて! お前が弟を悪い道に引き込んだんだろう! 第一、母さんにはなんて言うんだ! 明が男とつき合っているなんて知ったら、ショックで倒れるぞ! 俺の弟に二度と関わるな!」
唾を飛ばす勢いで希が叫ぶと、これまで見たこともないほど冷たい目をした明が、希を睨んだ。
「・・・・・・別にのぞちゃんに認めてほしいなんて言ってない。第一、僕は先輩が好きなだけで、オカマにはなってない。のぞちゃん、オカマって意味をちゃんと知って使ってる? 先輩が悪い道に引き込んだってなんだよそれ。どうしてそんなひどいことが言えるの。のぞちゃんがそんなことを言うなんて思わなかった。・・・・・・先輩、いこ?」
「あ、明・・・・・・?」
伸ばした手を勢いよく振り払われる。
「のぞちゃんなんて、大嫌い!」
おろおろする希の前で、明は頭を下げる男の手を引いて部屋から出ていってしまった。後には呆然とした希だけが残された。
明が本気であの男のことを好きならば、希だって反対はしない。大事な弟なのだ。誰かがそれで悪く言うようなことがあれば、たとえ自分が傷つけられたって、庇ってやりたい。けれど、希だってショックだったのだ。いきなりのことで、頭が反応できなかった。さすがに希が失言したと後悔しても、もう遅い。謝る隙さえ与えてくれず、話しかけてもただ冷たい視線だけが返ってくる日々に、希はへこたれそうになった。ここ数日の明の顔を思い出すたびに胃がしくしくと痛んで、希は顔を歪めた。北風に煽られ、よろよろと進んだ拍子に、手に持っていたビールの空き缶を落としてしまう。空き缶は、カラカラと地面を転がっていった。
「いけにゃい、いけにゃい」
「おむすびころりん」のように、希は転がる空き缶を追いかける。
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