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「お客さま。何か間違われていませんか? ここはあなたがくる場所ではありませんよ」
「間違い?」
丁寧だが明らかに拒絶を含んだ店員の声に、希はびくっとした。ぱちぱちっと瞬きをする。
「ええ。間違いです」
「で、でも、いま明がこの店に入ってくるのを見かけたんら」
「明? あなたのお知り合いの方ですか?」
希はこくりと頷いた。弟だと告げる希の言葉に、店員の態度がわずかに和らいだ気がした。その瞳に映るのはなんだろう、同情か・・・・・・?
「いま入ってきたのだとしたら、アツシたちですか?」
違うよ、という言葉とともに、さっき見かけたうちのひとりが姿を現した。
「こいつ、さっき店の外にいた酔っぱらいだ。俺にはこんな知り合いいないし、明なんてのも知らない」
あれ・・・・・・?
さっきまで明だと思っていた男が、いまは別の姿に見える。全く知らない男だ。
「お前は明じゃにゃい」
「だからそう言ってるだろうが!」
希の言葉に、男は苛立ちを募らせた。
「アツシ」
店員がそっと窘めると、アツシと呼ばれた男は悔しそうに黙った。
「ずいぶん飲んでいるようですし、見間違えたようですね。あなたの知り合いはこの店にはいませんよ」
もうお帰りなさいと言われて、希は頼りなさげな視線を店員に向けた。そのとき、それまで目に入らなかった店内のようすに気がついた。やや暗めの店内は、一見落ち着いたごく普通のバーに思える。けれど、そこに女の人はひとりもいない。客も店員も、店内にいるのは男だけだ。中にはキスしている者もいて、ある種異様とも思える光景に、希は混乱した。
のぞちゃんなんて大嫌い、と告げた明の声が脳裏に甦り、希は顔を歪めた。
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