(Episode1) 1

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 夏芽は政治経済学部で、専門性に特化した学部ではない。卒業生は様々な職種に就いている。その分、選択肢が広くて、決め手に欠ける。  夏芽自身もどういう分野に進みたい、活躍したい、などというこれといった目標もこだわりもない。  じゃあ何故その大学の学部に入学したのかというと、単にそこに合格できたからだ。  政経は何となくどの分野にも就職可能なオールマイティなイメージがあった。実際学部の卒業生の就職先は、金融系、商社、公務員、IT、一般企業、マスコミなど様々で、結局受かったところに入社する人間がほとんどなのではないかと思う。  そう、逆に言うと『こういう会社に入りたい』とこちらが願ったところで、受からなければ話にならない。強い希望を持たないほうが自分がつらい思いをせずに済む、といった大変消極的な本音もある。  八奈見はきっと早い時分から志があったのだろうな、と思う。  でなければ、裁判官などという立派で難易度の高い仕事に就くことはできないだろう。何年かかっても司法試験に受からない人間がいる中、彼のことだから涼しい顔をして一発合格していそうだ。そう考えたら、風間たちから妬まれてもしようがないんじゃないか、なんて思ってしまう。  出身大学だって聞いていないけど、どうせ東大法学部なんだろ、と拗ねたくなる。夏芽の成都大を時折褒めるけど、自分はとんでもなく上というパターンだろう。そんなのはわかっている。だから敢えて、意地でも大学名なんて訊いてやるもんか、と思っている。  そういう変な意地を張るから、八奈見の情報を未だにほとんど知りえないというのに。  何をやってるんだろう。自分が情けない。
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