(Episode1) 1

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 四月になり、夏芽(なつめ)は悩んでいた。  冬に引っ越したこのアパートの部屋は、裏手にある小さな児童公園に植えられた桜の花びらが風で舞い込んでくる。  それがベランダにいくつか落ちているのを拾い、ふうっと息を吹いて外に飛ばせた。  小さな蝶のように風に乗って去っていく。  ここ数日、気温が一気に上がり、随分春めいてきた。  地元にいる時は叔父家族や友達と花見をしに山間の桜の名所を訪れたものだけど、東京は花見スポットに大勢の人がごった返しているというから、どうも行く気がしない。過去一度だけ大学の友達数人に誘われ、バイトのシフトまで短時間だが参加したことがあった。やはりそこまで楽しくなかったので、さっさとバイトに行った記憶がある。  こういう集まりの何が楽しくないか考えてみる。まず大体がそこまで親しくない人間も混じっていて、そちらが盛り上がってしまったら完全なアウェーとなる。  なのにそこから無理して輪に加わろうとしない自分。  すると取り残されて、何か暇だなーという状況になる。  そこまでしてここにいる意味あるのかな? と自分の存在意義について自問自答してみた結果、やっぱり帰ろう、となってしまうのだ。  別に常に輪の中心にいたいわけではないのだが、輪から外れたら外れたで面白くない。面倒な性格だ。おそらく、少人数で行動するほうが向いているのだと思う。  そして、今のバイト先であるL&G弁護士事務所でも花見があるということで誘われているのだが、正直行きたくない。  その話を昨日 八奈見(やなみ)にしてみたら、 『行きたくないなら行かなきゃいいだろ』  とばっさり一刀両断された。  彼に相談を持ちかけたい人々の気持ちが、こういう時わかる。すっぱり結論を言われるのは、爽快だ。  ただ愚痴って話を聞いてほしい人からしたら、イラっとすることこの上ない。
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