(Episode1) 1

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 一緒に暮らしたい気持ちはある。でも、長く過ごすことで夏芽の欠点がどんどんあらわになって、嫌われてしまいそうで怖い。  同居すれば家事、特に料理も夏芽がすることが多くなるはずだ。栄養失調になることからして夏芽はそこまで自炊をしてこなかった。先日叔父家族のもとで三食料理を手掛けたので、以前よりはこなせるようになったと思う。だからできないことはないし、そこまで下手というわけでもないが、特に上手くもない。可もなく不可もなく、という程度だ。  しかしおそらく八奈見は裕福な家庭で育ち、舌が肥えているだろうし、今も外食のプロの味しか口にしていない。一般家庭の主婦以下のレベルの料理など出せるわけがない。  八奈見にそんな面でも幻滅されるのが嫌だし、となれば夏芽はきっと彼に気に入られるよう能力以上に頑張ろうとするにちがいない。  それはきっと、どんどん自分を追い込んでいくだろう。  そんな状況が今から想像がついてしまうので、とても八奈見と同じ部屋に住みたいとは思えないのだった。  好きだったら、わずかな時間でも一緒にいたい、誰よりも傍にいたい、と思うものだと思っていた。  八奈見のことが好きなのに、そう思えない自分は一体何なのか。ただの利己主義じゃないか。  今からそれくらいのことで悩んでいては、八奈見との関係が長く続けられないんじゃないか。  はあ、と大きく息をつくと、そこで携帯がメッセージを着信した音を発した。  小さなテーブルに置いた携帯に手を伸ばすと、それは風間からだった。 『明日のお花見来てくれるよね? 夕方六時から、新宿中央公園だよ。夏芽くんが来ないと華がないからぜひ来てね。待ってるよ』  麗香や若い女性所員が何人もいるので充分華がある。何故男の夏芽に華を求めるのか。  明日夜に予定はない。八奈見も仕事で遅いだろう。風間たちにも普段お世話になっている。  断る理由が思いつかず、夏芽は『わかりました』と返信しておいた。
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