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崖の岩肌を一回転して真っ逆さまに転げ落ち、シートベルトをしてなかった菜野子は衝撃で開いたドアから偶然にも宙へ放り出された。
その時、鳥の群れが空へ飛び立ち、菜野子は一瞬それを見て、入れ替わるように緑生い茂る木々の森の中へ両手を広げて落ちて行く。
絨毯のような枝と葉がクッションとなり、擦り傷だけでキノコが密集する柔らかい土の上にお尻から着地した。
ミニバンは数メートル先の窪みに木々をなぎ倒しながら転げ落ちて止まり、森の静寂を壊して土埃が吹き上がって粉々になった葉や枝が舞っている。
「お母さん!」
菜野子は車の中に残った母を心配して走り、転びながら近づくと車体は無残にも潰れ、割れたガラスが飛び散っていた。
しかも漏れたガソリンに火がついて荷台の荷物が燃えている。
菜野子は必死に壊れたドアをこじ開け中を覗いたが、頭から血を流した母がシートベルトに締め付けられ、全身血だらけで壊れた人形みたいに動かない。
それでとシートベルトを外して車から出そうとしたが、運転席まで火が燃え移り菜野子は逃げるしかなかった。
母の足下に落ちていた絵本だけ拾って離れた時、爆発音がして車は燃え上がり、倒れ込んだ木もキャンプファイヤーみたいに盛大に母を焼き尽くす。
菜野子は呆然と、『妖精のこども』の絵本を胸に抱き、空に舞い上がる火の粉を見上げて涙を流し、瞳には火の粉に包まれる母の姿に視えている。
「お母さーん。あなたは妖精のママだから死なない。森の中で生きてるよね」
炎の照り返しで赤く輝いた頬には滝のように涙が流れたが、菜野子の顔は笑っているようにも見えた。
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